小説・アニメ・コミック・ゲーム等、様々な創作媒体についての感想やら何やら、あるいは、永遠に敗北者な日常と思考
No.12
2009/08/16 (Sun) 00:05:02
郵便屋さんのお仕事 第1話/姫百合の願事(4)
いずみは自転車を道の傍らに停めた。ゆっくりと土手を降り、川原を少し歩いて立ち止まった。目の前には小さな川が緩やかに流れている。今の自分なら、それほど苦労もせず、川を横切って、向こう側の川原へと辿り着けるだろう。上流に目を向けると、やや離れたところに木製の橋が掛かっているのが見える。
「あの花が咲いてたのは、ちょうどあの辺り」
突然の声に振り返る。すぐ後ろに朱里が立っていた。
「……朱里、ちゃん。いや、本当は私と同じ歳なんだから……ちゃんはおかしいね」
「いいよ、どっちでも」
朱里はいずみの隣に立ち、いずみを見上げる。
「泣いてたの?」
「……だって」
答えられず、いずみは洟を啜った。頬には涙の跡が残っている。
「泣かないで。いずみが泣くと、哀しい」
「……ごめん」
今にも涙が零れそうなのを、目蓋を手の甲で拭って隠そうとする。
「縁里さん……お母さん、喜んでたよ。凄く、嬉しそうだった」
「……良かった」
朱里は小さく呟いた。向こう岸を眺めながら、朱里は続ける。
「あのとき……たくさんの草の中に、ぽつんと朱色の大きな花が咲いてた。それを見て、お母さんが、綺麗だねって、そう言った。だからあの日……学校の帰りに、わたしは一人でここへ来て……」
そのときの顛末は、先程縁里から聞いている。母と娘の間に起きた哀しい出来事。しかしいずみは、朱里が語るままにしておいた。いや、止めることなどできなかった。いずみは朱里の話を聞きながら、縁里の話と照らし合わせる。
「きっとお母さんは喜んでくれる、そう思った。少しでも早く、その花を持って、お母さんのところへ行きたかった。あのとき私は……橋を渡って向こう岸へ行こうなんて考えなかった。これくらいの水なら大丈夫、深くないし、流されることもない。そう考えて、向こう岸まで渡った」
おそらく朱里は、当時の様子を思い返しながら話しているのだろう。一言一言に震えが混じってくる。
「手は汚れたけど、花は……根っこを傷つけることもなく……掘り出せた……。わたしは、その花を、両手でしっかり抱えて……。来たときと同じようにして、川を横切って戻ろうとした。来ることができたんだから、帰りだって大丈夫。早く帰って、お母さんに見せてあげよう、そのことしか考えてなかった……」
しかし、行きと帰りでは状況が違うのだ。行きは足を取られて転びそうになった場合、両手を着いて体勢を直すことは可能だった。けれど帰りはそうもいかない。両手で花を持っているため、態勢を崩した場合、両足だけで川の流れに耐えなければいけなかった。いや、足を滑らせたときに、朱里は自分のことを優先すれば良かったのだ。花などに構わず、川底に両手を着けて、体勢を立てなおすべきだったのだ。なのに朱里は。
「……どうしてかな。別の花にすればいい、なんて思いもしなかった。お母さんは、わたしが贈った花なら、別の花でも喜んでくれたと思う。……だけど、あの花じゃないと、駄目だった。お母さんが綺麗だねって言って、嬉しそうな顔で見てた、あの花じゃないといけなかった。……だから、転びそうになっても、わたしは手を離さなかった……」
報せを受けた縁里が、南町で唯一の病院に駆けつけたときには、もう遅かった。白い壁の小さな部屋の中、簡素なベッドに横たわる朱里。全身が濡れて、泥に塗れた服は所々が破れている。右手は、何かを掴むように握り締められていた。
「なのに……渡せなかった……。掴んでいたはずなのに……。ちゃんと持っていたはずなのに……」
縁里は医師や警察の説明を聞く気になれなかった。自分の娘が、頭を強く打って、川に流されて、挙げ句に溺死したなど、そのような事実をすんなりと受け入れることのできる母親がどこにいるだろう。縁里は冷たくなった朱里に縋りついて、泣き喚いた。
いくらか落ち着きを取り戻すと、縁里は警察の人間に質問を受けた。お嬢さんがこのような目に遭う心当たりはないか。小さな子供が一人で川へ近づくようなことを何故したのか。まるで、縁里に原因があるのかのような口調だった。
そんなの、解るはずがない。私は、たった今、連絡を受けて、ここへ来て、朱里がこんなことになっているのを知ったのだ。あの人を失った自分には、もう朱里しかいないのに。どうして朱里がこんなことに……。教えてほしいのは、むしろ私の方だ……。
けれど医師によって朱里の掌が開かれたとき、縁里は愕然とした。千切れて短くなった植物の茎のようなものを、朱里は握り締めていた。警察の人間は、どうしてこんなものをと不思議がっていたが、縁里はすぐに解った。あれは姫百合だ。忘れるはずがない。昨日、朱里と一緒に土手から眺めた花だ。その茎を朱里が握り締めている。
あのとき私は何と言ったか。綺麗な花だから、家に飾っておきたいね、そのようなことを言ったのではなかっただろうか。――なら、朱里がこんな目に遭った原因は明白だ。きっと朱里は、私のためにあの花を……。
「わたしが……あんなことになって……。お母さんは……わたしがどうして、川原へ行ったのか……すぐに気づいたみたい。それで……自分を責めて、お母さんは……」
娘を失った縁里は、朱里との思い出がある品物を総て処分した。かつては家族三人で暮らしていた家を引き払い、タカベへ引っ越した。そこで縁里は、朱里のことを考える暇がなくなるように、ひたすらに働いた。仕事場までは自分の足で歩き、朝も夜もずっと働いた。身体を動かしている間は、他のことを考えないで済む。朱里のことを考えないで過ごすことができる。いや、朱里を救けることのできなかった、自分の不甲斐無さを思い出すこともない。
だが、そんな生活が長く続く訳もない。身体を酷使していた縁里に、当然のごとく反動がきた。そのため、仕事を辞めて療養に専念することになった。家族の面影が何もない家で、縁里は毎日を過ごし始めるようになる。
「お母さんが身体を壊したのは……笑わなくなったのは……全部、わたしのせいだった……。だからわたしは、お母さんに謝らないといけなかった……」
朱里はしゃくり上げる。
「最初は、すぐにでもお母さんに会いたかった。自分がなんで、まだ、ここにいるのか解らなかったけど。すぐに会いに行きたくて、話したくて、お母さんに会いに行こうとした。だけど、わたしの姿は……みんなに、町の人たちから……見えないみたいだった……」
それ以降、朱里は自分の姿が他人に見えるのは、夏の数日間だけであると知った。必ずしも全員に見える訳ではなく、見える者と見えない者がいるということも。しかし、その違いが何なのかが解らなかった。郵便局を訪れて、自分の姿がきちんと見えていることに驚いたと、朱里は説明した。
「もし、お母さんに会いに行って、わたしが解らなかったら、お母さんにわたしが見えなかったら……見てくれなかったら……。そう考えると怖くなって、お母さんのところへは行けなかった……謝らないと、いけなかったのに……。それで、わたしは……」
朱里は涙を袖で拭いながら、切れ切れに話す。
「……お手紙を、書こうとしたんだね」
いずみはハンカチを取り出して、涙の流れた朱里の頬を拭う。為されるままにして、朱里は頷いた。
「うん……」
朱里が葉書に描いたのは、渡すことの叶わなかった、朱色の綺麗な花だった。その花は数年遅れたものの、いずみによってようやく届けられたのだ。
「どうして……」
いずみは呟く。どうしてこんなことになったのだろう。
朱里が事故に遭ったのは、縁里の笑顔を見るためで、縁里が身体を壊すまで自分を追い詰めたのは、朱里の笑顔がもう見られなくなったため。誰も悪いことなどしていないのに、二人とも相手のことを想っている優しい人なのに。どうしてこんなに哀しまないといけないのだろう。
「いずみ?」
「ああ、ごめんね」
再び泣き出してしまいそうなのを堪え、必死で笑顔を作ろうとする。
「お母さん、とっても喜んでたよ。最初は、朱里ちゃんみたいに自分のせいでって、悔やんで泣いてたけど……。最後には、朱里ちゃんからの手紙が嬉しかったって、笑ってくれたよ。だから、朱里ちゃんも、泣くんじゃなくて、笑って欲しい」
「うん……お母さんが、喜んでくれたのなら、わたしも……嬉しい……」
目蓋を何度も擦っため、朱里の瞳は赤く潤んでいる。泣き腫らした顔で、いずみに向かってにっこりと微笑んだ。
「……いずみ。お願いがあるの……。たまにでいい……仕事が休みのときとか……時間があるときとか……。お母さんと会って欲しい……お母さんと話して欲しい……。わたしは、お母さんに何もできなかった……。だから、せめて……」
朱里は懇願するように、いずみを見上げる。
「違う……。何もできなかったっていうのは違う。朱里ちゃんの気持ちも想いも、全部お母さんに届いてる。朱里ちゃんの姿が、どうして私に見えたのか不思議だった。だけど、お母さんの話と朱里ちゃんの話を聞いて、解った……気がする。二人は……二人の気持ちが擦れ違ったままで、お別れはできなかった……。お互いの気持ちを伝える必要があった」
「……うん」
ゆっくりと、朱里は首を縦に振る。
「もう、会うことは……できないの?」
おそらく、いずみも答えは解っているのだろう。口調が弱々しくなっている。
朱里は困ったような表情を見せる。
「……多分。わたしは、もう、ここにはいないはずだから」
「……ごめん、変なこと……聞いて」
泣き止んだ朱里に代わって、今度はいずみが泣き始めそうな様子である。
「いずみ……」
朱里はいずみの顔を見つめる。何かを言い掛けたようだったが、言葉を途中で止めた。
「どうしたの?」
「いや、いい。何でもない」
と首を振る。
「それじゃ、いずみ。ばいばい」
そう言って、朱里は後ろを向き、いずみと背中合わせになる。
「……うん、ばいばい。もし――」
いずみが振り向いたとき、そこに少女はいなかった。
集合住宅に戻ったいずみが郵便受けを調べると、葉書が一枚入っていた。いずみが配達した覚えはないので、鴉が受け持った郵便の中に入っていたのだろう。
どこかで見たことのある文字である。って、これは、私が書いた……。そういえば、お手本として使った葉書はどこへ行ったんだろう。局員室のどこかにあるだろうと思って探さなかったけど、朱里ちゃんが持っていたのか。きっと、お母さんへの葉書と重ねて、ポストへ投函したんだ。
裏を返した。
「駄目だね……。さっきあれだけ泣いたのに……どうして、また……」
涙で滲む。文面が読めない。
葉書には、朱里の書いた大きな文字で。
おてがみ おしえてくれて ありがとう
「あの花が咲いてたのは、ちょうどあの辺り」
突然の声に振り返る。すぐ後ろに朱里が立っていた。
「……朱里、ちゃん。いや、本当は私と同じ歳なんだから……ちゃんはおかしいね」
「いいよ、どっちでも」
朱里はいずみの隣に立ち、いずみを見上げる。
「泣いてたの?」
「……だって」
答えられず、いずみは洟を啜った。頬には涙の跡が残っている。
「泣かないで。いずみが泣くと、哀しい」
「……ごめん」
今にも涙が零れそうなのを、目蓋を手の甲で拭って隠そうとする。
「縁里さん……お母さん、喜んでたよ。凄く、嬉しそうだった」
「……良かった」
朱里は小さく呟いた。向こう岸を眺めながら、朱里は続ける。
「あのとき……たくさんの草の中に、ぽつんと朱色の大きな花が咲いてた。それを見て、お母さんが、綺麗だねって、そう言った。だからあの日……学校の帰りに、わたしは一人でここへ来て……」
そのときの顛末は、先程縁里から聞いている。母と娘の間に起きた哀しい出来事。しかしいずみは、朱里が語るままにしておいた。いや、止めることなどできなかった。いずみは朱里の話を聞きながら、縁里の話と照らし合わせる。
「きっとお母さんは喜んでくれる、そう思った。少しでも早く、その花を持って、お母さんのところへ行きたかった。あのとき私は……橋を渡って向こう岸へ行こうなんて考えなかった。これくらいの水なら大丈夫、深くないし、流されることもない。そう考えて、向こう岸まで渡った」
おそらく朱里は、当時の様子を思い返しながら話しているのだろう。一言一言に震えが混じってくる。
「手は汚れたけど、花は……根っこを傷つけることもなく……掘り出せた……。わたしは、その花を、両手でしっかり抱えて……。来たときと同じようにして、川を横切って戻ろうとした。来ることができたんだから、帰りだって大丈夫。早く帰って、お母さんに見せてあげよう、そのことしか考えてなかった……」
しかし、行きと帰りでは状況が違うのだ。行きは足を取られて転びそうになった場合、両手を着いて体勢を直すことは可能だった。けれど帰りはそうもいかない。両手で花を持っているため、態勢を崩した場合、両足だけで川の流れに耐えなければいけなかった。いや、足を滑らせたときに、朱里は自分のことを優先すれば良かったのだ。花などに構わず、川底に両手を着けて、体勢を立てなおすべきだったのだ。なのに朱里は。
「……どうしてかな。別の花にすればいい、なんて思いもしなかった。お母さんは、わたしが贈った花なら、別の花でも喜んでくれたと思う。……だけど、あの花じゃないと、駄目だった。お母さんが綺麗だねって言って、嬉しそうな顔で見てた、あの花じゃないといけなかった。……だから、転びそうになっても、わたしは手を離さなかった……」
報せを受けた縁里が、南町で唯一の病院に駆けつけたときには、もう遅かった。白い壁の小さな部屋の中、簡素なベッドに横たわる朱里。全身が濡れて、泥に塗れた服は所々が破れている。右手は、何かを掴むように握り締められていた。
「なのに……渡せなかった……。掴んでいたはずなのに……。ちゃんと持っていたはずなのに……」
縁里は医師や警察の説明を聞く気になれなかった。自分の娘が、頭を強く打って、川に流されて、挙げ句に溺死したなど、そのような事実をすんなりと受け入れることのできる母親がどこにいるだろう。縁里は冷たくなった朱里に縋りついて、泣き喚いた。
いくらか落ち着きを取り戻すと、縁里は警察の人間に質問を受けた。お嬢さんがこのような目に遭う心当たりはないか。小さな子供が一人で川へ近づくようなことを何故したのか。まるで、縁里に原因があるのかのような口調だった。
そんなの、解るはずがない。私は、たった今、連絡を受けて、ここへ来て、朱里がこんなことになっているのを知ったのだ。あの人を失った自分には、もう朱里しかいないのに。どうして朱里がこんなことに……。教えてほしいのは、むしろ私の方だ……。
けれど医師によって朱里の掌が開かれたとき、縁里は愕然とした。千切れて短くなった植物の茎のようなものを、朱里は握り締めていた。警察の人間は、どうしてこんなものをと不思議がっていたが、縁里はすぐに解った。あれは姫百合だ。忘れるはずがない。昨日、朱里と一緒に土手から眺めた花だ。その茎を朱里が握り締めている。
あのとき私は何と言ったか。綺麗な花だから、家に飾っておきたいね、そのようなことを言ったのではなかっただろうか。――なら、朱里がこんな目に遭った原因は明白だ。きっと朱里は、私のためにあの花を……。
「わたしが……あんなことになって……。お母さんは……わたしがどうして、川原へ行ったのか……すぐに気づいたみたい。それで……自分を責めて、お母さんは……」
娘を失った縁里は、朱里との思い出がある品物を総て処分した。かつては家族三人で暮らしていた家を引き払い、タカベへ引っ越した。そこで縁里は、朱里のことを考える暇がなくなるように、ひたすらに働いた。仕事場までは自分の足で歩き、朝も夜もずっと働いた。身体を動かしている間は、他のことを考えないで済む。朱里のことを考えないで過ごすことができる。いや、朱里を救けることのできなかった、自分の不甲斐無さを思い出すこともない。
だが、そんな生活が長く続く訳もない。身体を酷使していた縁里に、当然のごとく反動がきた。そのため、仕事を辞めて療養に専念することになった。家族の面影が何もない家で、縁里は毎日を過ごし始めるようになる。
「お母さんが身体を壊したのは……笑わなくなったのは……全部、わたしのせいだった……。だからわたしは、お母さんに謝らないといけなかった……」
朱里はしゃくり上げる。
「最初は、すぐにでもお母さんに会いたかった。自分がなんで、まだ、ここにいるのか解らなかったけど。すぐに会いに行きたくて、話したくて、お母さんに会いに行こうとした。だけど、わたしの姿は……みんなに、町の人たちから……見えないみたいだった……」
それ以降、朱里は自分の姿が他人に見えるのは、夏の数日間だけであると知った。必ずしも全員に見える訳ではなく、見える者と見えない者がいるということも。しかし、その違いが何なのかが解らなかった。郵便局を訪れて、自分の姿がきちんと見えていることに驚いたと、朱里は説明した。
「もし、お母さんに会いに行って、わたしが解らなかったら、お母さんにわたしが見えなかったら……見てくれなかったら……。そう考えると怖くなって、お母さんのところへは行けなかった……謝らないと、いけなかったのに……。それで、わたしは……」
朱里は涙を袖で拭いながら、切れ切れに話す。
「……お手紙を、書こうとしたんだね」
いずみはハンカチを取り出して、涙の流れた朱里の頬を拭う。為されるままにして、朱里は頷いた。
「うん……」
朱里が葉書に描いたのは、渡すことの叶わなかった、朱色の綺麗な花だった。その花は数年遅れたものの、いずみによってようやく届けられたのだ。
「どうして……」
いずみは呟く。どうしてこんなことになったのだろう。
朱里が事故に遭ったのは、縁里の笑顔を見るためで、縁里が身体を壊すまで自分を追い詰めたのは、朱里の笑顔がもう見られなくなったため。誰も悪いことなどしていないのに、二人とも相手のことを想っている優しい人なのに。どうしてこんなに哀しまないといけないのだろう。
「いずみ?」
「ああ、ごめんね」
再び泣き出してしまいそうなのを堪え、必死で笑顔を作ろうとする。
「お母さん、とっても喜んでたよ。最初は、朱里ちゃんみたいに自分のせいでって、悔やんで泣いてたけど……。最後には、朱里ちゃんからの手紙が嬉しかったって、笑ってくれたよ。だから、朱里ちゃんも、泣くんじゃなくて、笑って欲しい」
「うん……お母さんが、喜んでくれたのなら、わたしも……嬉しい……」
目蓋を何度も擦っため、朱里の瞳は赤く潤んでいる。泣き腫らした顔で、いずみに向かってにっこりと微笑んだ。
「……いずみ。お願いがあるの……。たまにでいい……仕事が休みのときとか……時間があるときとか……。お母さんと会って欲しい……お母さんと話して欲しい……。わたしは、お母さんに何もできなかった……。だから、せめて……」
朱里は懇願するように、いずみを見上げる。
「違う……。何もできなかったっていうのは違う。朱里ちゃんの気持ちも想いも、全部お母さんに届いてる。朱里ちゃんの姿が、どうして私に見えたのか不思議だった。だけど、お母さんの話と朱里ちゃんの話を聞いて、解った……気がする。二人は……二人の気持ちが擦れ違ったままで、お別れはできなかった……。お互いの気持ちを伝える必要があった」
「……うん」
ゆっくりと、朱里は首を縦に振る。
「もう、会うことは……できないの?」
おそらく、いずみも答えは解っているのだろう。口調が弱々しくなっている。
朱里は困ったような表情を見せる。
「……多分。わたしは、もう、ここにはいないはずだから」
「……ごめん、変なこと……聞いて」
泣き止んだ朱里に代わって、今度はいずみが泣き始めそうな様子である。
「いずみ……」
朱里はいずみの顔を見つめる。何かを言い掛けたようだったが、言葉を途中で止めた。
「どうしたの?」
「いや、いい。何でもない」
と首を振る。
「それじゃ、いずみ。ばいばい」
そう言って、朱里は後ろを向き、いずみと背中合わせになる。
「……うん、ばいばい。もし――」
いずみが振り向いたとき、そこに少女はいなかった。
集合住宅に戻ったいずみが郵便受けを調べると、葉書が一枚入っていた。いずみが配達した覚えはないので、鴉が受け持った郵便の中に入っていたのだろう。
どこかで見たことのある文字である。って、これは、私が書いた……。そういえば、お手本として使った葉書はどこへ行ったんだろう。局員室のどこかにあるだろうと思って探さなかったけど、朱里ちゃんが持っていたのか。きっと、お母さんへの葉書と重ねて、ポストへ投函したんだ。
裏を返した。
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プロフィール
HN:
ミズサワ
性別:
男性
職業:
求職中
自己紹介:
初めまして。ミズサワです。あの「失われた」90年代に、10代の総てを消費しました。
ミジンコライフ継続中。
ミズサワの3分1は「さだまさし氏の曲」で、3分の1は「御嶽山百草丸」で、残りの3分の1は「××××」で構成されています。
小説・コミック・アニメ・ゲーム・等、媒体に拘わらず、あらゆる物語を好みます。付き合いが長いのは「新本格」作品。卒業論文も「新本格」。論理性よりも、意外性を重視。
「すべての小説が館ミステリになればいい」
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ミジンコライフ継続中。
ミズサワの3分1は「さだまさし氏の曲」で、3分の1は「御嶽山百草丸」で、残りの3分の1は「××××」で構成されています。
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