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小説・アニメ・コミック・ゲーム等、様々な創作媒体についての感想やら何やら、あるいは、永遠に敗北者な日常と思考
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No.11
2009/08/15 (Sat) 00:25:31

郵便屋さんのお仕事 第1話/姫百合の願事(3)

 いずみの集配は時間が掛かる。鴉と比較すると、いずみは三倍以上の時間を費やす。
 とはいえ、いずみが南町の地理を覚えていないだとか、極度の方向音痴だとか、自転車に乗り慣れていないだとか、そういった理由ではない。集配業務に並々でない時間が掛かったのは、最初の一月だけで、慣れてしまえば過剰なまでに時間を使うことはなくなった。郵便物の配達と集荷だけならば、いずみはそれ相応の時間で行なえるようになったのだ。
 しかし、いずみが行なうのは配達と集荷だけではない。例えば、目の前で小さい子供が泣いていると、道に迷ったような若者を見つけると、重い荷物を持っているお年寄りを見てしまうと、いずみは彼らを無視することができない。目の前に困っている人間がいると、放っておくことができない。集配が遅れてしまうことは解っているはずなのに、どうしても構ってしまうのだ。チーフがいずみの集配時間を早めたのは、このような事情からだった。
 いずみの集配が遅くなる理由を知っているので、この点についてチーフが深く言及することはない。他人に親切にするのを止めろ、と誰が言えるだろう。それに、そんな性格のいずみをチーフが気に入っていることもあり、いずみの集配時間に関しては目を瞑っている状況である。チーフが口を出さないのなら、自分が言うことではないと思っているのか、鴉も不本意ながら了承していた。
 いずみが老若男女に拘らず親切にしているため、配達に行く先々で、お茶をどうだの少し休んでいかないかだのと、声を掛けられるようになった。しかしそのような誘いを総て受けていると、ただでさえ遅れている集配が更に遅れてしまう。さすがにいずみも、勤務中は丁寧にお断わりしている。
 いつもであればお茶の誘いを断るまでに多少悩んでから返事をするいずみだが、今日に限ってすぐさま返答をしていた。その分、配達は早くに終わったのだが、タカベに到着するまでの時間が加わったため、差し引きすれば配達に掛かる時間はいつもと変わらなかった。鴉の計算が、的を射ていた訳である。
 タカベ地区にようやく到着する。道に迷うことはなかったが、手紙を早く届けたいいずみは、気が逸ってしまう。自転車を降りて、木造平屋の建物に目を向ける。長年雨や風に耐えてきたのだろう、老朽化している家屋へといずみは近づく。
 ふと、扉のすぐ横に妙なものが置かれていることに気がついた。平たい皿の上に何かの燃え差しのような黒ずんだ固まりが載っている。何だろう、これは。同じものをどこかで見たような気がするが、どこで見たのだろう。
 いや、そんなことを考えるのは後回しだ。それよりも、先に手紙を渡さないといけない。いずみは宛名の場所であると確認するために、玄関の表札を見上げる。用宗縁里、用宗朱里と、並んで記された木製の板が下げられている。こちらも家屋と同様、変色が激しい。
 間違いない、ここだ。いずみは家の中へ向かって声を掛ける。
「こんにちはー。郵便です」
 てっきり朱里がすぐにでも飛び出してくると思ったが、そのような気配はない。しばらく待っても反応がなかったので、いずみは扉を叩いて、同じように声を掛けた。今度はじきに、おそらく朱里の母親だろうと思われる女性が顔を出した。
 予想していたよりも歳を取っている。いや、子供は若いうちに生まなければいけない訳ではない。いくつで子供を産もうと構わないではないか。いずみは自分が少しでも失礼なことを考えてしまったことを恥じた。
「こんにちは」
 思い直したいずみは、いつも通り郵便物の受取人に笑顔を向ける。
「用宗縁里さんに郵便です。縁里さん、ですよね?」
「……ええ、はい」
 いずみの質問からやや遅れて、目の前の女性、縁里が反応する。
「朱里さんからお手紙です」
 いずみは朱里からの葉書を両手で持ち、縁里に渡そうと手を伸ばす。
「あ、朱里……?」
 縁里が目を見開く。しかし縁里の視線は葉書ではなく、いずみに向いている。
「はい。朱里さんから縁里さんへのお手紙です」
 けれど縁里はその場に立ち尽くしたまま、いずみの顔をじっと見つめていた。縁里は葉書を受け取ろうとしない。
「あの、どうかされたんですか?」
 いずみは縁里を見上げて、様子がおかしいことに気づく。目線をいずみに向けたまま、身体が小刻みに震えている。
「朱里……?」
 縁里はいずみの言うことを聞いているのかいないのが、朱里と呟いた。状況を把握できず、どうしようかといずみが迷っていると、突然縁里が倒れこんできた。いずみは小柄な身体ながらも、どうにか必死で縁里の身体を支えようとする。
「ど、どうしたんですか? だ、大丈夫ですか? 縁里さん?」
 いずみの問い掛けに答えはない。ぐったりとして、いずみに身を任せるままになっている。ど、どうしよう。咄嗟に考えが浮かばない。落ち着け、いずみ。とにかく、縁里さんをどこかに寝かせよう。
 いずみは縁里を肩で抱え、家の中へと入る。そして思い出したように声を掛ける。
「朱里ちゃん! お母さんが、大変なの。朱里ちゃん……」
 いずみは繰り返し朱里を呼ぶ。いずみの高い声は家中に届いているはずなのに、朱里は一行に姿を見せない。

「気がつきましたか?」
 縁里はしばらく、自分が置かれている状況を理解できなかったふうだ。不審そうな目をいずみに向ける。
「……私は」
「そのまま横になっていた方がいいですよ」
 何が起こったかを、ようやく思い出したのだろう。縁里は幾分落ち着きを取り戻したようである。
「いえ、それよりも……」
 縁里は布団から腰を起こす。
「あ、お水用意しますね。待っていて下さい」
 襖を開け、いずみは台所へ向かう。そのあとを、遅れて縁里がついていく。
「大丈夫ですか?」
 いずみは適当なコップに水を入れ、縁里に渡した。
「……ありがとう。もう、大丈夫」
 渡された水を一気に飲み干す。縁里はテーブルの傍らにある椅子に腰掛けるよう、いずみに示すと、自分も向かいの席に腰を下ろした。
「あなたは……朱里、じゃないのね」
「……はい、朱里ちゃんではありません」
 質問の意味は解らないが、申し訳なさそうにいずみは答える。
「そう……。似てる、本当に……」
 そうなのか、自分と朱里は良く似ているのか。郵便局で朱里を見たときに妙な感覚がしたのはそのためか。いずみが朱里と会ったのは初めてだったが、朱里の姿に過去の自分が重なったのだろう。過去の自分などアルバムの写真を通してでしか見覚えがない。それを思い出せず、朱里をどこかで会ったことのある女の子だと思い込んでしまったのだ。
「あ、忘れていました。これ、郵便です」
 いずみは先程、渡しそびれていた葉書を縁里に手渡す。朱里が一人で郵便局を訪れたこと。懸命に手紙を書いたこと。嬉しそうな顔でポストに投函していたこと。それらのことを縁里に話した。
「朱里、から……?」
 腑に落ちないような表情でいずみの話を聞いていた縁里が声を上げた。、
「はい、朱里ちゃんから、お母さんへのお手紙です」
 いずみから葉書を受け取った縁里は、紙面を見つめたままの状態で、しばらく微動だにしなかった。
「まさか、そんな……でも、この字……」
 信じられないというように、縁里は食い入るように何度も葉書を見返す。
「……縁里さん」
 いずみが縁里の名を呼んだ。そして、先程思いついたことを口にする。
「朱里ちゃんは……ここには、もう、いないのですか……?」
 縁里はその言葉に、すぐには答えられなかった。視線を机に落としてしまう。
 答えにくい質問をしてしまったのだろう。だが、それはいずみの言うことが的を射ているからに違いない。
 朱里と縁里は一緒に暮らしている、朱里が郵便局へやってきて、お母さんに手紙を出すと言ったとき、無条件にそう考えた。けれど、その考え自体が間違っていたのだと思い当たった。
 縁里が気を失ってしまい、どうしたものかといずみは迷った。しなだれ掛かってきた縁里をひとまず廊下に座らせ、手前に見える部屋に駆け込んだ。余り広くない、最低限の調度品が用意されているだけの簡素な部屋である。押入を開けると布団が一組畳まれていたので、それを引っ張り出して床に広げた。
「大丈夫ですか?」
 いずみは縁里の肩を支えて布団を敷いた部屋へ連れていき、縁里を横にした。急に倒れてきたのには驚いたが、得に苦しんでいる様子は見られない。呼吸も安定しているので、何らかの持病や発作ではないだろう。いずみにできるのは、しばらく様子を見て目を覚まさないようであれば、医者に連絡をすることくらいである。
 いずみは立ち上がり、部屋を出た。さして大きい家ではない。縁里を横たえた部屋と、廊下の奥にある小さな部屋、それに台所とトイレがある程度だ。いずみは廊下を進み、奥の部屋へ向かった。その部屋には、物置と記されたプレートが掛かっている。
「朱里ちゃん……」
 声を掛けたが反応がない。いずみは扉を開けた。そこに朱里はいなかった。朱里がいないどころか、部屋の中には家具も何も置かれていない。変色した畳が目立つだけの部屋だった。そのあと、いずみは台所、トイレと調べるが、人の姿は見当らない。
 おかしいな、と思う。ここへ来たときから妙な感じはしていた。いずみは玄関へと向かい、三和土を確かめた。そこに靴は二足しかない。一足はいずみが履いてきた靴、もう一足は、大きさからして縁里のものだろう。三和土の横にある、小さな扉付きの戸棚を開けてみた。靴入れとして使われているだろうその扉の中には、二足の靴が仕舞われていたが、どれも朱里が履ける大きさのものではない。
 失礼だと思いながらも、いずみは先程の部屋に戻り、食器類を確かめた。そこには湯呑みだけは、同じ種類の品が揃っていたものの、茶碗も箸も、縁里が使用していると思われるものしかなく、朱里が使うような子供用の小さな茶碗も、箸も、どこにも用意されていなかった。
 ようやくいずみは気がついた。表札に、朱里の名前が記されてはいたものの、ここに住んでいるのは、縁里一人だけなのだ。どうして朱里が縁里と一緒に住んでいないのか、その理由は解らない。ただ、朱里がこの家で暮らしていないことだけは、確かだろう。
 そう考えれば納得のいくことがある。
 朱里が郵便局まで歩いてきたこと。タカベから南郵便局までは子供の足では大層な距離である。しかし、朱里が住んでいる場所が、タカベではなかったらどうだろう。朱里はタカベからではなく、どこか別の場所から郵便局へと訪れた。だからこそ、朱里は郵便局を出て、タカベとは逆の方向へと走っていったのだ。
 それに、朱里が住所の控えを見せたとき、彼女は何と言っていた。ここ、知ってるよ、そう言わなかっただろうか。ここに住んでいるとか、自分の住所だとか、そんなことを朱里は一言も言っていない。総てはいずみが勘違いしてしまっただけなのだ。
 送り先がタカベの用宗さんということで詳しく調べはしなかったが、朱里の現住所に関しては転居届が出されているかもしれない。郵便局に帰って調べてみれば、すぐに解るだろう。もっとも、チーフが個人の情報を覗くようなことを許してくれるのならばであるが。
 原因など、いずみに解るはずもない。
 確かなことは、朱里は母親の許ではなく、誰か別の人間と暮らしているということだ。家族間の不和など、聞いて気持ちの良いものではないが、総ての家庭が何不自由なく暮らしている訳ではない。いずみの状況も、似たようなところがあり、その発想に違和感はなかった。
 何かの事情で母親の許を離れざるを得なかった朱里は、母親とどうにか連絡を取りたかった。実際に会うことを禁止されているのか、会えない状況にあるのか、タカベから離れた場所に住んでいるのか、可能性だけならいくらでも挙げられる。朱里が母親と連絡を取る手段として用いたのが手紙であり、南町郵便局を訪ねる理由だったのだろう。
 いずみはこのように状況を把握した。おおよそは間違っていないと思う。家庭の事情に対して、口を挟むことはしない方がいい。おいそれと訊いて良いものはないと解っている。けれど、いずみは縁里に訊ねずにはいられなかったのだ。
「……朱里がいなくなってから、この家には私が一人で住んでるの……。表札から、朱里の名前は外さないといけなんだろうけど……どうしても、できなくて……」
 いずみは、どう答えていいのか解らない。どうすればいいのかといずみが迷っていると、やがて縁里が顔を上げた。
「あなたは……もう一度、朱里に会えるのかしら?」
「え?」
 突然な質問に途惑ってしまうが、どうにか答える。
「朱里ちゃんが、また、郵便局に来てくれれば、多分……。でも、縁里さんが手紙を書いてくれれば、私がそれを朱里ちゃんに――」
 届けます、と続けようとして止めた。それができるのであれば、いくら離れて暮らしていようと、朱里からの手紙にあれほど驚きはしなかっただろう。縁里は朱里が住んでいる場所を知らない、あるいは知らされていないのではないか。母親からは一切連絡が取れず、来るか来ないか解らない娘からの手紙がようやく届いたのではなかろうか。
 先程の縁里の顔は、久し振りに届いた手紙を喜ぶような感じではなく、まさかこんなことがあるはずがないと、怯えているような雰囲気が近かった。
「……いえ、住所が解ればともかく、私の方から会うのは……難しいと、思います」
「……そう」
 縁里はいずみに顔を向け、何かに納得したような口振りである。
「あなたが考えていること、多分、半分くらいは合ってると思う……。だけど、半分くらいは間違って……いえ、勘違いしているんだと思う」
「勘……違い、ですか?」
 いずみは縁里の言ったことを繰り返す。
「ええ、だって、あの子は……朱里は……」
 そうして縁里は話し始めた。しかしその内容は、いずみが予期していたものとは、全く掛け離れたものだった。
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自己紹介:
初めまして。ミズサワです。あの「失われた」90年代に、10代の総てを消費しました。

ミジンコライフ継続中。

ミズサワの3分1は「さだまさし氏の曲」で、3分の1は「御嶽山百草丸」で、残りの3分の1は「××××」で構成されています。

小説・コミック・アニメ・ゲーム・等、媒体に拘わらず、あらゆる物語を好みます。付き合いが長いのは「新本格」作品。卒業論文も「新本格」。論理性よりも、意外性を重視。

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